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Return to Farland サブ・ストーリー

サンガー・プレッジ

 こんなに星がまたたく夜は、余計なことを思いだしてしまう……。
 ドムは視線を落とした。たき火が揺れ、小枝が爆ぜた。
 そこはレイゼル山脈にある小さな湖のほとりだった。横では少女と仔クルルが眠っている。少女の名は、ココア。三ヶ月前に、盗賊により滅ぼされた村で偶然発見し、保護した。ココアの両親は惨殺されており、ドムの配慮によりココアはその現場を目撃してはいないものの、少女は、この少女ならではの勘の鋭さ――たとえば人間に慣れることがない野性の仔クルルと親密な関係を築くといったようなもの――をもってそれを察しているようだった。ココアが今まで両親のことをドムに訊ねることがなかったため、ドムもそのことは黙っていた。そして、ずっと黙っているつもりだった。
 しかし今夜、ココアは突然おとぎ話の朗読をせがむようにして、両親のことを口にした。ココアのパパとママは……どこ? パパとママは死んじゃったの?
 答えを準備していなかったドムは閉口し、思案した結果、おとぎ話で返事をした。クラドック王国に伝わる、星にまつわる神話だった。人はだれしも自分だけの色をした光をもっており、魂はいずれそれとおなじ色をした星になり夜空で輝きつづけるという、安易で、稚拙で、分別があればだれもが鼻で笑うような、そんな物語だった。だが、ココアは納得した――そんなふうにうなずいた。きっと少女は、すでに両親の死を理解していて、その訣別を三ヶ月目にしてみせたのだろう――ドムはやがて眠りについたココアを見つめながらそう思った。もしかしたら、ドムを安心させるためでもあったのかもしれない。自分はもうだいじょうぶだから――そういう配慮だったのかもしれない。ココアはとても優しい子だったから。
 ドムはもう一度、空を仰ぐ。
 色とりどりの星が燦然と輝いている。
 それから、山羊の胃袋製の水筒に入れられた蒸留酒を口にふくんだ。
 自分が今まで判断してきた選択肢は正しかっただろうか。眠れそうもない脳裡にたくさんの想いが押しよせてくる。記憶が遡っていく。アイザックのことを思いだした。かつて、ハーグローブ王国で竜騎士団の団長をやっていた頃の相棒、そして幼馴染み。愚にもつかないことをやっていた少年時代からのかけがえのないパートナーだった。しかし、ディミトリ=デ=ナジャ率いるシーフ=アーカイヴの策略により、彼は帰らぬ人となった。ドムはそれを自分の責任だと思っている。そして、それは罪だとも考えている。ゆえにドムは竜騎士団から退団し、サンガーという名まえを捨てた。記憶は漂流する――。
 やがて、想い出は少年時代にたどりついた。未来のことを考えるでもなく、ただ不満を抱えて押しつぶされそうになって、それを隠すためにただはしゃいでいた少年時代の想い出。エイモス村をさらに北上した山間部の名もなき村で、ドムことサンガーはアイザックと、そしてネリーという少女と、そんな時期をともに過ごした。

「グリーって、あの目ん玉の化けもん?」
 アイザックは目を見開きながら訊きかえしてきた。
「ああ、他にどんなグリーがいるよ。目ん玉でふらふら浮いてるやつだ」
 サンガーは極めて冷静に答えた。無駄に会話の多いやりとりが彼は嫌いだった。ネリーはその横で、少しだけ不安そうな顔をしている。少年二人が良からぬことを考えていることを察しているのだろう。
 アイザックの家の狭い屋根裏部屋だった。子どもの頃いつでも、三人はそこで暇をつぶしていた。そこにいれば周囲の人間たちに叱られることも諭されることもなかったからだ。
「ねぇ、やめといたほうがいいよ」
 ネリーがつぶやいた。先手を打たれたものの、サンガーの目に映るアイザックはすでに興奮状態だった。
「なに言ってるんだよ、ネリー。これだから女の子は……こういうのをチャンスって言うんだぜ?」
 やれやれと両手のひらを空にひろげるアイザック。
「オレたちみたいな血統も家柄もたいしたことない連中がのしあがるには、こういう機会を活かすしかないんだよ」
 ネリーは少しうつむいて、べつにのしあがらなくてもいいじゃん、とつぶやいたものの、それはアイザックの耳には届かず、サンガーも聞こえないフリをした。
 サンガーもまたチャンスだと思って、顔にはださないけれど、ひそかに興奮していた。彼が先ほど耳にしてきた、村の給水塔のわきでの大人たちの会話を内容はこうである――村の近くの森でグリーが謎の大量発生を起こし旅人が拉致されるという事件が起きた。村長の依頼により近日中にハーグローブ竜騎士団が調査にやってくる。
 ハーグローブ竜騎士団がやってくるまえにこの問題を解決したらどうなるか――サンガーもアイザックもつまり、そういう想像をして興奮しているのだ。サンガーもアイザックもこの村での評判はよくなかった。むしろ、悪かった。ただの悪ガキであり、腕力だけが自慢のノー・フューチャーだった。先日もアイザックの父親は、群れているサンガーとアイザックを横目に、おまえらの将来はいいとこ盗賊の下っぱだろうな、と皮肉を言った。
 サンガーもアイザックも志は高かった。どんな職業であろうとも頂上の人間になるんだという強い気持ちをもっていた。しかし、小さな村で無名の子どもにできることなど高が知れている。だからこの事件は千載一遇のチャンスだ――二人の少年にはそう思えた。グリーを退治してさらわれた旅人を救いだせば、自分たちをとりまく暗い闇は消えてなくなるだろう――そう思えたのだ。
 二人の少年はすぐに出発の準備をした。ネリーは不安げにその光景を見つめていたが、アイザックが誘ったこともあり、結局ついてくることになった。三人はそれからすぐ、グリーのいる森へ向かった。

「グリーって、人さらいするほど賢かったっけ?」
 木洩れ陽のなかを歩きながらアイザックが首をかしげた。だれも返事をしなかったけれど、サンガーもネリーも、少し疑問に思っていた。グリーに人をさらうなどという知恵があっただろうか……。
 森の入口から三0分ほど歩いたところだった。周囲の樹木の葉が、だんだんと三人の視界から空を奪おうとしていた。なんとなく嫌な予感がした。
 うしろをとぼとぼとついてきているネリーがたちどまった。サンガーとアイザックがふりかえる。
「……ねェ、やっぱり、帰ったほうがよくない?」
 サンガーはアイザックを見る。アイザックは少しだけ複雑な表情をしたけれど、自分の言葉で自分を激励するかのように、
「オレは行くぜ! ネリーは不安なら帰れよ。サンガーも、嫌なら帰っていいぜ」
 そう言い放って、二人に背中を向けて歩きだした。アイザックの背中が少しずつ遠のいていく。ふりかえると、ネリーはまだうつむいている。
「おい、ちょっと待てよ、アイザック」
 もう森のなかにいる。ここで仲間割れはよくない。少なくとも、アイザックを呼びとめねば――サンガーはそう思った。しかし、アイザックはどんどん歩いていく。そうしなければ勇気が潰えてしまうのだろう。サンガーにはその気持ちは痛いほどわかった。
「待てってば」
 だが、それを許容するわけにはいかない。サンガーはアイザックを抑えるべく追いかけようとした――がそのとき、
「きゃ!!」
 背後から悲鳴がした。よく知ったその声に戦慄して、サンガーとアイザックは顧みる。
 ネリーを取り囲むようにして、そこにはたくさんのグリーが浮いていた。そのなかの何匹かがまるで二人を嘲笑うかのように、サンガーとアイザックのほうに目を向ける。ぎろりとした眼球に一瞬反応が遅れた。くそっ――サンガーは内心悪態をつきながら走りだそうとする。
 しかし、二人とネリーとの距離はあまりにも開きすぎていた。サンガーと、そして遅ればせながら走りだしたアイザックが半分も距離を縮めないうちに、グリーの群れは圧倒的な速度でネリーを気絶させ、森の奥深くへと連れ去ってしまった。どれだけ二人が走っても、空を飛ぶグリ-の群れには追いつけなかった。
 グリーの群れを見失い、深い森のただなかで、サンガーとアイザックはただ息を切らしていた。アイザックが涙目でサンガーを見る。
「すまん……オレのせいで……オレがつまらん強情をはったせいで……」
 サンガーはくちびるをかむ。
(なんとかするんだ……オレたちだけでなんとか……)

 ひんやりとした空気を頬に感じて、ネリーは覚醒した。しかしまぶたを開けても光を捉えられない。からだを起こそうとしたが、思ったよりも重く、とりあえず目を暗闇にならすことにした。洞窟のなかにいる――それだけはわかった。もたれかかっている背中から伝わってくる冷たさと硬さが、瞳で確認するよりも先にネリーにそのことを教えたのだ。
 目が慣れてきてそこが洞窟でもまだ出口に近い場所であろうことがゆるやかに吹いてくる風でわかった。ケガはしていない。全身どこにも痛みはなかった。グリーの群れに囲まれて、連れ去られてそれからどうなったんだろう……。
 サンガーとアイザックの顔を思い浮かべる。連れ去られる直前の、驚愕と焦燥の顔。
 ふと、気配がした。邪悪な気配だった。総毛立つのを感じる。洞窟の入口のほうからそれはやってきた。
 巨大なグリーだった。それまで見たこともないような、巨大で禍々しいグリーが、まるでネリーをにらむようにしながら浮遊してきたのだ。ネリーは息を呑んだ。
 巨大なグリーは、威風堂々とネリーのすぐそばまでやってくる。そしてその眼孔でネリーをねめつけた。
「ツギハ、オマエダ」
 巨大なグリーは、そうつぶやいた。ネリーの耳にはそう聞こえた。グリーにそんな知恵があるとは聞いたことはなかったけれど、ネリーの耳には確かに、そう聞こえたのだ。次は、おまえだ……?
 最初ネリーには意味がわからなかった。しかし、巨大なグリーの目玉が、ぐるりとその視線を変えると、嫌が応にも理解させられてしまった。巨大なグリーの目に映ったそれは、旅人だった。行方不明になり村人たちによって捜索されていたであろう、旅人。ただし、それは、かつて旅人だった肉塊でしかなかった。
 旅人の腐敗した死体を見て、ネリーはさらに絶句する。愕眸し見開いたネリーの瞳に、ゼリー状になった胸部の皮膚から、葡萄の実をむくようにして突き破って出てくるグリーの子どもが映った。
「ひっ――」
 ひきつけのように、ネリーはからだを痙攣させる。
 巨大なグリーがぐるりと視線をめぐらし、ネリーを見る。
「ツギハ、オマエダ」
 ネリーは理解した。この巨大なグリーは、人間を宿主にして、グリーを繁殖させているのだ。
 胸部につづき、旅人の腹部を突き破るようにして、新たなグリーが現れた。旅人の屍骸は、すでに人間の形状ではなくなっている。新たなグリーの目玉が、ぎょろりとめぐり、ネリーを捉えた。
 ネリーは始めて声をあげた。声のかぎりに、恐怖を叫んだ。

 夕陽が傾き、森のなかが薄闇に包まれてきた。
 サンガーは汗をぬぐう。暑さによるものなのか、緊張によるものなのか、もうわからなかった。
 このままでは自分たちまで捜索されるハメになりかねない。
 アイザックもそう感じている。その必死な瞳を見ながらサンガーはそう思った。しかし視界を覆い尽くしているのはどこまでいっても樹、樹、樹。おなじような光景にくりかえしに、自分たちはすでに迷子になっているのではないかという錯覚まで感じずにはいられなかった。
「戻ってみるか、少し。グリーの群れとはいえ、そんなに早く飛べるわけじゃない」
 サンガーは提案する。アイザックは無言でうなずいた。アイザックが自信をなくしているのは明白だった。なにより自分自身に失望しているのだろう。こんなときだからこそ自信をもつべきなのに。
 サンガーが歯がみしたそのとき、耳慣れた声がした。絶叫だったけれど、それはネリーのものだった。
「近いぞ!」
 叫びながらアイザックが走りはじめる。サンガーもあとを追った。
 二〇メートルと離れていないところに、断層を利用した洞窟があった。アイザックは迷わず飛びこんだ。サンガーもあとにつづく。迷っている場合ではなかった。
 広い――サンガーはそう感じた。自然洞窟には違いないが、その広さにサンガーは感嘆した。
 しかしすぐ、サンガーはアイザックの背中にぶつかった。面喰らってたちどまる。
「どうした……?」
 アイザックの背中越しに見えたのは、巨大なグリーだった。

 まるで幻影のように儚く見えたけれど、それは確かにアイザックとサンガーだった。ネリーは声にならない声をあげる。目前にいる巨大なグリーが、突然の闖入者二人をふりかえる。
 アイザックが及び腰になる。サンガーは、アイザックの背中越しに、巨大な化物をにらんでいた。巨大なグリーの意識は二人の少年に奪われていた。今、たちあがることができたなら、逃げることができたのに。ネリーは動けない自分の弱さを呪った。
 今、助けてやる!
 聞き取れなかったけれど、サンガーの口が確かにそう動いた。動いた気がした。
 少年二人が、必死の形相で駆けだした。

 ネリーがいる。巨大なグリ-のわきに、サンガーもアイザックもそれを確認した。ネリーはかすかに、二人を確認してから口を動かした。言葉は聞き取れなかったけれど、助けを求めているに決まっている――二人にはそんなことはわかっていた。
「今、助けてやる!」
 サンガーは叫ぶ。
 行くぞ――サンガーもアイザックも打ち合わせてはいないけれど、二人同時に駆けだした。
 勢いで攻撃を仕掛けなければ、怖じてしまう。ネリーとのあいだに立ちはだかっている巨大なグリーは、今まで見たこともなく、聞いたこともなく、想像だにしなかった敵で、だから勝算は未知数だった。
 しかし、二人の少年が巨大なグリーに踊りかかるよりも早く、巨大なグリーの眼孔が激しく輝いた――。
 一瞬の衝撃に、視界がフラッシュし、気づけばサンガーとアイザックは洞窟の入口付近までふっとばされていた。受け身をとった右手が痺れる。雷か……?
 サンガーは右手を振りながらアイザックをうかがう。アイザックは直撃を受けたらしく、うめき声をあげていた。
 くそ、ただのグリーじゃない。サンガーは巨大なグリーをにらむ。巨大なグリーはほくそ笑むように、少年二人を睥睨していた。こいつは普通じゃない。手下のグリーたちを操って、旅人やネリーをさらう算段をしたのはこいつなのだ……。
「逃げて、サンガー! そして、助けを呼ぶの!!」
 よろよろ立ちあがったサンガーの耳に、今度ははっきりとネリーの声が届いた。巨大なグリーの発した雷の明滅にわれにかえったのだろうか。 
「私なら……だいじょうぶだから……」
 声がさき細る。
 大丈夫なわけない。ネリーは全滅を避けようとしているのだ。サンガーにはそんなのゆるせなかった。
 怯えているネリーと、気絶しかけているアイザックを残して逃げることなど、できるはずない。
 ネリーはいつも優しかった。
 ――今でもネリーのことを思いかえすとき、彼女は優しげに、そして少し哀しげに微笑んでいる。
 犠牲になるなんて認めない。サンガーは決心する。そんなのは優しさじゃない――。
 サンガーは手斧を構える。いつもまき割りに使っているもので、それが彼の唯一の武器だった。
 戦う姿勢を見せたサンガーを嘲笑するような動きで、巨大なグリーは動きだした。
 勝算はなかった。さっきの雷を想像しただけで、脚がふるえた。
 巨大なグリーはどんどん迫ってきた。視界がかすむ。涙だった。
「失敬――」
 そのとき、背後から声がした。サンガーがふりかえるより早く、その騎士は風のような速度でアイザックとサンガーを飛び越え、巨大なグリーに斬りかかった。巨大なグリーはそのスピ-ドにまったく反応できなかった。巨大なグリーの絶叫がこだまする。風のようなその騎士は連続して斬りつけ、あっという間に巨大なグリーを葬り去った。
 唖然とするサンガーの背後から再び声がした。
「団長! お待ちください!!」
 そして、大勢のハーグローブ竜騎士団が洞窟に入ってきた。
 助かったんだ……サンガーは呆然とする。
 巨大なグリーを屠ったその竜騎士団長から抱き起こされているネリーもまた呆然としているようだった。まるで夢のなかで起きた出来事のようだった。
 アイザックが竜騎士の一人に揺り起こされている。サンガーの肩にも竜騎士の手が置かれていた。
 サンガーは呆然と、竜騎士団長を見ていた。
 サンガーの肩に手を置いている竜騎士が、団長に話しかけた。
「困りますよ、マッケンタイア団長。われわれに指示をだすまえに駆けだされては……」
「ああ、すまないな。しかし、この子の悲鳴が聞こえたら脚が勝手に動いていたのだ。よかったじゃないか、こうして子どもたちは無事だったのだから。なァ、君も無事だろう?」
 竜騎士団長は笑みを浮かべながら、サンガーを見た。
 当時の竜騎士団長にして、現ハーグローブ国王マッケンタイア率いる竜騎士団が、三人の命を救ったのである。村長の依頼を受けてモンスターを退治にきたハーグローブ竜騎士団の到着が、あと一秒でも遅かったなら、三人の冒険は二度と戻らないものになっていたのだった。

 村に戻ってから、こっぴどく叱られたけれど、この冒険はサンガーにもアイザックにも、ひとつの転機となるものになった。任務を終え、王国に帰還するマッケンタイアと、二人は話をする機会を得たのだ。
「オレたちも、竜騎士になれるかな?」
 アイザックの問いに、マッケンタイアは微笑んだ。
「竜騎士になる条件は家柄なんかじゃない。いちばん大切なことは守りたいものがあるかどうか。そして、いちばん大切なものは勇気なんだ。君たちはグリーから幼馴染みを救うために勇気をふりしぼった。それがいちばん大切な資質なんだよ」

 しかし、ネリーとの別れも待っていた。業を煮やしたネリーの両親は、二人の少年から彼女を引き離すべく、村をでていく決断をしたのだった。幼い三人には、どうすることもできない別れだった。
「ずっと一緒にいたかった……」
 馬車の横で、ネリーは少年二人に別れを告げようとしていた。
 アイザックはうつむいて地面を蹴っている。サンガーは歯を喰いしばる。
「ごめんな、オレたちのせいで……」
 サンガーの低い声に、ネリーは微笑んだ。優しく、少し哀しげに。
「感謝するのは私のほう。あのとき、助けにきてくれたんだから……」
 馬車に乗りこんだネリーに、二人は約束をした。必ず、竜騎士になる――そんな約束を。

 ――――

 目前でたき火が消えかけていた。気づけば、ずいぶん長いあいだ回想していた。
 ココアの寝顔を見る。とても、優しい顔だった。ドムはふたたび、空を見あげた。夜空に浮かぶ星々は、それでもまだ宝石のように輝いていた。
 その後のネリーの行方はわからなかった。あのとき別れて、それっきりだった。
 今でもネリーのことを思いかえすとき、彼女は優しげに、そして少し哀しげに微笑んでいる。
 こんなに星がまたたく夜は、余計なことを思いだしてしまう……。
 ドムはうつむいた。
 ただそれでも、ネリーのあの優しさが、今でもまだ変わっていないことを、願うばかりだった――。